和光市の文化財

観音経講

観音経講は、文政6年2月15日(1823年)に観命ばあさんが亡くなり、その人を偲んで翌年の命日から始まったと言われている講である。観命ばあさんとは、江戸時代に吹上観音の本堂が焼けてしまったときにその本堂を再建したといわれているおばあさんである。このおばあさんは、観命尼と言われ、とても信心深い女性で、本堂が焼失した跡でただ独り小さい家を建て、観音様を信心していた。ある晩夢に観音様が立って、お堂を建ててほしいとのお告げを受けた。そこで観命尼は、一生懸命に寄付を募ったり、木材を運んだりして再建に尽くし、近くの人々もその意気に感じて、我先にと協力したという。そして立派な本堂を再建したものが現在の本堂である。講は観命尼が亡くなった後、その子孫が講元となって毎年命日近くに行われていたが今は行われていない。この動画は昭和55年に講元である深野修氏宅で撮影されたものである。